tobi_102’s diary

たまに何か書く

王道のエースと方舟の星

全く真面目な文章ではありません。
根暗オタクのただの呻き。死ぬほど読みにくい。
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※敬称略

 

 

どうしても悔しい気持ちが押さえきれないので纏めて書き記しておく。もう悔しく思う必要はないのだとわかっているけどやっぱり悔しい。悔しいと思ったことを忘れたくない。

 

4月29日、チャンピオンカーニバルで推しが優勝した。三冠王者としての優勝は18年ぶり。凄い。本当に凄い。

 

彼を見ていると馬鹿の一つ覚えのように「凄い」という感想しか出てこない。凄い。凄すぎて怖い。正直いって、私は彼が怖い。私が彼を見始めて3年たったが、3年間彼はいつなんどきもずっと"プロレスラー宮原健斗"だった。そこに一個人である"宮原健斗"はいなかった。3年間、ずっとだ。ここまで個を殺して全のために役割に徹することって、普通できるか?鉄の意思すぎる。だから私は彼をずっと「人間じゃない」と言い表してきた。よく考えなくても普通に失礼だな。すみませんでした。

それでも、その3年間はあの決勝で全て報われたのだと思う。宮原はジェイクとシングルをする度にライバルという言葉を使ってきたが(2017/04/16、2018/07/01)、今までのそれは彼なりのジェイクへの期待を込めた言葉だったように思う。つまり、まだ実を伴ってはいなかった。しかし今回は、違った。違ったのだと思いたい。真意なんてわからない。けれど、違ったのだと、真の意味でライバルという言葉を出したのだと、私は信じたい。

 

あの日、ついに宮原健斗三沢光晴になった。ジェイク・リーという川田利明に漸く出会えて、野村直矢という小橋建太に猛追されて。(ここで青柳優馬田上明と言うべきではないだろう。青柳は秋山の系譜なので。田上さんの席、いつか誰か現れるだろうか。)
死闘続きだったチャンピオンカーニバルが終わってそこに広がっていた風景は、まさに90年代の全日本プロレスだった。勿論私はその頃を知らない。知識として持ち得ているだけだ。それでも、今の全日本プロレスは…かつて馬場さんが理想とした形になっているのではないだろうか?そんなことをぼんやりと考える。

 

で、本筋はそっちじゃない。
悔しい件は、その次の日。4月30日プロレスリング・ノア横浜ラジアントホール

 

その日はGTLの決勝に進むチームが決まる日だった。前日からずっと泣きっぱなしで頭もほどほどにおかしくなり開場時間と試合開始時間を勘違いして死にかけたりしつつ嗚呼今日はのんびり観戦しよう…という気持ちで興行スタート。
そんな気持ちを初手でぶっ壊されたバックブリーカーズの解散。予期はしていたけど普通につらい。ノアJr.の中で一番好きなタッグだった。残念ながらタッグというものはいつか解散するものです。わかってるよそんなことは。
更にその日はもう一組タッグが解散。それがまさかの海王。組んで1ヶ月経ったっけ?という感じ。パンフの表紙にもなって早々に週プロの取材も受けて、これから売り出そうとしていたのでは…と思うとちょっとびっくり。ちょっとだけ。何故ちょっとだったのかって、そういうタッグほど衝撃的な解散をするって世界最大の団体を見て学んできたので。私はShieldのこと、まだ恨んでいるぞ!

 

「俺はお前の噛ませ犬にはならねぇんだよ」
その日一番、いやDAが勝った瞬間が一番だったかもしれないので二番目くらいに客席が沸いた瞬間だった。拳王のマイクはお客さんの心を掴むのが本当にうまい。でも多分それだけじゃなくて、拳王と清宮が組んでいることに少なからず違和感を覚えている人が多かったからあんなに沸いたんじゃないだろうか。知らんけど。

 

少なくとも私は、彼らが組んだ時に「ああオカダカズチカと外道的な…」と一瞬思ってしまった。良い意味でも悪い意味でもなく、単純な事実として。

 

私は、清宮海斗という選手を未だにどう言葉にすればいいのか考えあぐねている。良い青年だと思う。一度だけイベントで接触したことがあるが、とても好青年だった。細かいところに気がついて、自分から話を広げられるタイプ。一言で言うと「溌剌としていて人当たりもいい、良い子だな」という感じ。
でもそんなのは印象の内の本当に一部分だけだ。レスラーに抱く印象の9割は試合。試合内容。あとコメント。試合を見て言葉を聞くことでどういうレスラーなのか、どういう人なのかを自分の中で形作り、噛み砕き、次の試合を見る時にそれを念頭に置いて見る。
清宮の試合は、チャンピオンとして見るにはまだまだ足りないなと感じてしまう。ど素人がこんなことを言うべきではないことはわかっているが、他にうまい説明が思い付かない。一人の観客として、理想とするチャンピオンの試合には程遠い、と言うべきか。
週プロNo.2011の拳王のコラムに全て書いてあったが、言ってしまえば自分で試合を組み立てられない。戦っている相手の試合になってしまうということ。でもそんなのは当たり前なのだ。だって彼はまだキャリア3年、22歳の若者なのだから。そんな彼がキャリア18年48歳の杉浦やキャリア20年39歳の丸藤と戦って、試合を支配することなんて普通に考えてできる筈がない。
それでも彼はやらなくてはならない。何故ならチャンピオンだから。チャンピオンになってしまったから。そう思うといろいろときつい気持ちになってしまう。本当は、その場所は拳王や北宮、もしくは潮崎や中嶋が立っているべき場所なのだ。「そんなところに清宮が立っているなんて」と言うつもりはない。ただ、「そんなところに清宮が立たなくてはいけないなんて」…と、つい言いそうになってしまう。

 

未だに私は、デビューして1年も経たずに彼が鈴木軍との抗争に身を投じたことが引っ掛かり続けている。デビューしたての若者は先輩レスラーとできるだけシングルをやってぼこぼこにされるべきだという考えは最早古いのだろうか?全日で順を追ってきっちり育てられてきた若手を見てきたから余計にそう感じてしまうのかもしれない。勿論彼ら全日の若手も団体に人が少ない中でメインに立たなければならないことが多かった。ただし徹底的に叩かれて鍛えられ、勝利は遠かったと記憶している。メインに立ったとしても圧倒的な力量差に叩き潰されるという健全な構図を見てきたからこそ思うが、デビューしたての若手が反則三昧の半乱闘試合を幾つも経験せざるを得なかったというのは…言っても仕方のないことだが、やはりいいことではなかったと思う。当時の状況を考えると、本当に、言っても仕方のないことだが。
思えば怒濤の3年間だった。デビューしてすぐにあんな試合をさせられて、7ヶ月で鈴木みのるシングルマッチ。漸く普通に試合ができるようになったと思った途端に海外遠征。戻ってきていきなりタイトルマッチ。タッグリーグ優勝、最年少GHCタッグチャンピオン、グローバルリーグ優勝、最年少GHCチャンピオン…。ラジアントホールで「このベルトをとるまでいろいろあったんだよ」と言っていたが、確かに彼は怒濤のレスラー人生を送っている。(まあ「その台詞熊野くん(シングル100連敗・初勝利まで2年)の前で言えるの?」という感じもあるが…。)
それでもやっぱり、たったの3年だ。どんなに濃密な3年間だったとしても10年や20年には比ぶべくもない。彼の真っ直ぐで明るくてきらきらした言葉に、私はどうしても心を動かされない。もう若くないからなのだろうか。会場では多くの若い声が清宮の名前を叫んでいる。それはとても良いことだと思う。でも、拳王のマイクに喝采が起こったことは覆しようのない事実なのだ。

 

「昨日拳王さんの言葉に対して大きな拍手が起きたとき、本当に悔しかった。でもそんな時、声援を送ってくれる人もいた。だから俺はこれからも自分の意思で動くし、自分自身の夢を叶える」
良い子だな、と思う。自分を応援してくれているファンのことをよく見ている。その声援に報いようとしている。
それでもただ一言、見返してやるとか覆してやるとか、言ってくれるだけでいいのにな。私は君に見返されたいし考えを覆されたい。あっと驚かされたい。君の言葉に涙を流してみたい。心を動かされたい。君の試合に、熱狂してみたい。

あの時、拳王に突き放されて出てきた清宮の声は、その可能性を十分に秘めていた。チャンピオンになって以来彼があんなに感情を剥き出しにした姿は初めて見たような気がする。泣いているのかと思えるくらいに揺れた声と、ギラギラした瞳。あんな姿が見られるなんて思っていなかった。拳王の行動一つで、地に足がついた22歳の青年の姿が浮き彫りになったのだ。

 

ラジアントホールで目の当たりにしたその光景は、私にとってある意味衝撃的だった。

 

最初に思ったのは、拳王は本当に凄い、ということだ。それからすぐに、清宮に嫉妬した。清宮には、引き寄せて、突き放してくれる人がいる。これからエースになるであろう青年に、こんなに早い段階で強いライバルが現れてくれた。宮原にはいなかった存在が。いなくなってしまった存在が…。

 

もしも、と考える。もしも3年前、宮原に拳王のような人がいてくれたら。そうしたら3年間、一人でやり続けなくてよかったのに。過去を切り捨てて今までの自分に蓋をして、別人になる必要はなかったかもしれないのに。もっと彼の喜怒哀楽を、一人の人間の生きざまを、リングで見られたかもしれないのに。
そしてその存在は、潮崎だったはずなのに…。

 

勿論潮崎を責める気持ちなんて微塵もない。お給料の問題でやめるのは普通。当たり前。私もやめたし。仕事量増えるのに給料下がるって言われたらやめるに決まってんだろ××クリニックさんよ。(潮崎の場合は諏訪魔さんにも問題があったんだろうけど。生まれ育った団体を辞めてまで求めた運命の相手が他所(しかもIGF!)にほいほい行ってしまったら、そりゃあ落胆しますよね…。)

 

全て、今更考えても仕方のないことだ。わかっている。過去は覆らないし今となっては考える必要もないことなのだから。宮原は何もかも全て自分でやって、自分で自分の努力に報いたのだ。本当に強い人だと思う。私は心が弱いのですぐこういうことをぐちぐち考えて悲しくなってしまうけど、だからこそそんなことを歯牙にもかけない彼が好きなのだ。心が強すぎてやっぱり怖いけど。
でもやっぱり、「こうなるかもしれなかった」という可能性を目の前で見てしまってそこそこ衝撃だったし、羨ましいと思ってしまった。拳王は本当に凄い。絶妙なタイミングで絶妙なマイクで清宮を突き放した。突き放してくれた。自らパートナーの座を降りて、ライバルの座に行ってくれた。そういう存在ってどのくらいいるのだろう。団体のエースと呼ばれる人に、エースと呼ばれるようになるであろう人に、どのくらいの確率で現れるのだろう。

 

「エースというものは他のレスラーの価値観について理解することができない。一緒に共感できない」
これこそが、宮原が棚橋をリスペクトしている所以なのだと思う。エースという存在になるということはそういうことなのだと思う。けれど清宮がそうなるには、まだ早すぎる。キャリア3年。22歳。彼に必要なのは、まだ孤独ではない。

 

宮原健斗に拳王のような存在がいなかったことが悔しい。清宮海斗には拳王がいることが羨ましい。
だからこそ、清宮がその存在を失わないことを祈っている。彼等が離ればなれにならないことを、私は静かに祈っている…。

 

 

清宮選手へ。一人で戦わないでください。前しか見ていないと一人になってしまうから、いろんなところを見てください。貴方の向かいには今拳王という強くて頼もしいライバルが立っています。それって本当に恵まれていることだと思います。真っ直ぐな目で期待を背負った顔で、「みんなと一緒に」「新しい景色を見せます」と言っている貴方より、ぎらぎらした目で泣きそうな声で、「自分の気持ちでやってるんだよ」「会社にレールを敷かれたレスラーなんかじゃない」、そう叫んでいた貴方はずっと人間らしかった。ベルトを抱いて張り詰めた顔をしている貴方より、ゴングの前に拳王に殴りかかった貴方の方が生き生きとして見えた。そういう姿をもっと見たいんです。もっと試合を通して貴方という人の内側を見たいんです。だって私たち、まだ貴方のことを全然知らないから。

 

 

宮原健斗という奇跡の存在を見続けてきたからこそ、清宮海斗という輝かしい星には別の道を進んでほしい。そう願って止みません。

 

 

清宮くん、どうか人間のままでいてね。

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2019.5.11